時を経て、価値の高い家をつくること

先週は三重県を二箇所巡るメンテナンスツアーがありました。
それを振り返ります。

1日めは四日市にて「輸入窓アンダーセンの網戸取り替え&サッシ(障子)入れ替え」

いつもこの家に来る度、その素晴らしいロケーションに感激するのですが、今回は特に紅葉の時期と重なり、家と樹木がまるで一枚の絵のように見えました!


今回、網戸を変えることになったお部屋は大人数が囲んで座れるアルコーブ的なダイニングと、広いホール。

造り付けのベンチや腰壁、窓枠などを形作るパイン材やツガ材が時を経て醸し出すアメ色と艶感。
それらが織りなす趣きのある印影に、しばしうっとりしてしまいます。

住み手が長年住みこなした家にメンテナンスで入らせて頂く時の、私にとってのひとつの楽しみです。

勿論見ているばかりでなく、しっかり手は動かして仕事はさせて頂いてますけどね(笑)・・・・

この空気感の中でお家の手入れをしていると何かとてもいい仕事をしている気分になります。きっとそれが自分の仕事のモチベーションに繋がってるんだと思います。

古い車や、使い込んだ革製品などでもそうですが、上質な物を手を入れて使い続ける事って良くないですか?

私は好きです。自己満足に近い部分もありますが、ビンテージってそういうところありますよね?!


【引用:VOL.0 対照語源学からみる諸言語におけるまど】
植田康成
2.諸言語における「まど」の語源
諸言語における「まど」は、そもそもどのような意味なのか。確認した限りでは、おもに3つに類型化できるようである。すなわち、「風の目」「 (採光、換気のための) あな」、「外を見る目 (あな) 」である。
先ず、英語の「まど」windowは、古代北欧語vindaugaに由来し、「風の目」を意味する。

窓越しに外の風景が綺麗に見えるのも、木製窓だからこそ。
窓=WINDOWの語源は「風の目」
外壁に空いた穴は採光や換気の為だけでなく、
外の風景を見るための建物の目とも言える。

和の建築なら、窓に額縁は無く、開放的で自然に同化する。人が自然の中に入っていくイメージ。

洋の建築なら、額縁を付けて、自然と屋内を一つの境界線で区切り、自然を一枚の絵のように見せる。
屋内から、自然を切り取り、眺めるイメージ。

「窓=一枚一枚がひとつの絵」と思える瞬間です。


回廊のようなカバードポーチが素敵です。


工事をしながら当時の仕事を見ていると興味が尽きません。

思うのは、当時しっかり考えてデザインし、自然素材を主に使い、ちゃんと作り込んだものは、いつまで経っても良い。
たぶん誰がここを見ても何かしら感動するとか落ち着く気分になると思います。

そして、いかに時間をかけて設計し、素材を吟味し、お客様も妥協なく家づくりに関わっただろうと言うことが、
何も言われなくても建物全体の空気から伝わってきます。



家を作る時は、つい個人の趣味とか表面上のデザインに気が取られがちです。
ご夫婦やご両親との間で、普段は気付かなかった趣向を元に意見が対立することもしばしばあります。

でも、本当に大切な事は時間が経ってからこそわかると思います。
個人の趣味を越えて、誰もが「いいなぁ、ここに暮らしたらどんな感じだろう?!」と想像したくなる部分がこの家にはあると思う。

無垢の木の温かみや設計による光の取り入れ方や、天井の高さ、様々な要素がありますが、何か1つがどうと言うより全体のハーモニーみたいなもの。

この空間にいるだけで何かしら豊かな気分になってくる。
例えばここでアコースティックの演奏会をやったらどんなふうに響くだろうとか、夕方にパーティーをやったら夕日が差し込んできれいだろうなぁとか。

様々なシーンを思い浮かべてしまいます。

そういうことを感じ取れる家が普遍的な資産価値の高い家なんだと思います。


「長く使ってからこそ良いと思えるものを」
というのは私が目指している家の姿ですが、このような何十年も住んだ家に来る機会をいただくと、本当にそれを実際の建物で実感することができます。

私はこのようなお仕事を通じ、何十年経っても”やっぱりこれはいいな!”と思ったことを今手掛けている家に盛り込むこともできます。
迷ったときに自信を持って良いものをお勧めすることができます。

考えてみれば、それはとても貴重な立場だと今更ながら思います。

そこそこ歳も取りましたが(笑)このような私にこそ伝えられて、実現できることがあるはず。

ひとつの心得としては「替えられない部分にこそ普遍的に良いと思える設計を盛り込むべき」ということ。

反して設備関係は、 移り変わりが激しく技術の進歩もあってより省エネの商品が出たり、古いものは部品がなくなったりして交換を余儀なくする場合が多いです。
だから、設備はある程度の期間を経て交換していくものだと割り切ったほうがいいかもしれません。


左が新しい障子。右が古いほうの障子。飾りの格子はアンダーセンの場合はしっかりした樹脂製なので、劣化している事はほとんどなくそのまま利用できます。

さて、感激してばっかりでなく、今回の仕事の事も少し具体的に書きます。

網戸交換の後は、ダブルハング=上げ下げ窓のガラスが割れている部分の交換をします。

輸入窓の場合は、ガラスのみを交換ではなく、障子ごと取り寄せて入れ替えということがほとんどです。
発注から3ヶ月から長い時は5ヶ月ぐらい待っていただくことになりますが、取り寄せた後は色を塗って現場に持ち込み数時間で終了します。

こちらのお家は築23年ほどになりますが、窓の品番や年式等の情報がわかれば、海外に発注し同じものを取り寄せることができます。
これを意外と知られてないことが多いので、再度書かせてもらいます。

メリットとして、躯体を触らずに交換ができますので現場での作業が少ないですし、外見も全く変わりません。
時々、「そのことを知らない工務店さんに相談したら、枠のみを残しカバー工法で日本のアルミサッシを入れましょう」と言う提案をされました、とお客様から聞きます。

この場合外見もかなり変わりますので、私はあまりお勧めしません。


障子を取り替えた後にシリコンスプレーをレールに吹きかけて、何度か障子を動かすとかなり動きが軽くなります。
外の窓に関しても重い場合はそのようにして軽くすることができます。

「価値の高い家とは何か?」

私は、流行り廃りに関係なく、時間をかけて醸し出された味わいのある家こそが価値の高い家だと思います。

その空間に身を置いた時に、和洋年齢性別を問わず、誰もが「いい」って感じられる。
どの時代にも流行はあり、家を建てる時にそれが盛り込まれるのも当然あり。

でも流行りが過ぎ去った後でも、それに関係無く人を豊かにさせる普遍的なものが残っている家。
これからもずっと愛おしい家であること。
そんなチャーミングな家がもっと増えていって欲しい。

私が今作っている家も、何十年後か訪れたときにチャーミングな家であるように。

本当の価値のある家を作っていこうと思う。

自分の納得のいく家を。

人が住んだ家を自分の目で見て感じ、ぐっと心にきた印象や、
憧れや夢を運ぶ家こそが間違いなく自分が作るべき家の姿。

そんな事を考えながらお家を後にしました。

これから、この日は、さらに西に車を走らせ、御浜七里ガ浜に向かいます。



仕事?旅?・・・いえ、両方です!


今日のブログはいきなりの大海原。昨日の仕事先、南三重地方の御浜町にある七里御浜から。
宿の前に広がる世界遺産。

今回の仕事は雨だと出来ない仕事なので、直前まで「どうしよう~。延期しようか?」と迷ってた。
しかし、ギリギリになって意外に当日は天気が良くなりそう、との情報が入り「よし!行こう!」と決行することに・・・。

何しろ、名古屋からは3時間半かかる場所なので、総勢4人で行ってから雨で中止といわけにはいかない。

前泊するために走った前日は予報どおり雨と風共に強し!
高速をひた走り宿に到着後、雨の中散歩に出て七里御浜で撮ったのがこの写真。


『熊野市から紀宝町に至る約22km続く日本で一番長い砂礫海岸「七里御浜」は、「世界遺産(浜街道)」「日本の渚百選」に選ばれた美しい海岸地域』とガイドブックに書いてある。

なるほど、本当に見たことの無い長さだ。このとんでもないスケール感にまず圧倒される。
なんか自分の中で眠っているセンサーがビリビリっと振るわされ、目が覚める。この感覚は何だろう。
普通に暮らしていると、この自然の大きさを忘れてしまう。

前日は天気が悪かったので、押し寄せる波に少し怖さを感じる。ザワザワと心が騒ぐ。
波が浜に運んだ礫石の大きさ、数に底知れぬ海のチカラを感じる。

明日いっしょに現場へ乗り込む職人とふたりで雨に濡れ歩きながら、やはり津波の事に思いを巡らせてしまう。

「ここで南海トラフ地震が来て、今津波が押し寄せたら・・・・」
「・・・・」
二人とも想像する。目の前の波が十数メートルの高さになって迫ったら・・・と。
「すごいことだよね・・・」二人で頷いた。
本当に信じられないようなことが起こったんだと、あの日の東北の津波を想像した。


南海トラフ地震が起きた場合、この場所だと気象庁の予想によれば、満潮時で10~20mの高さの津波が押し寄せる。

防風林が道路との間にあるが、これは軽く超えて、道路、今回宿泊する民宿を飲み込んでしまうだろう。
宿の女将さんとさっき話した時、「最近は浜の部分が海に削られて減った」と言ってた。
防風林のそばで地面が削られて段差が出来ているが、きっと高潮の時はここまで波が来るのだろう。
海に角が削られま~るくなった礫石がこの辺りまでゴロゴロしている。砂の色は結構黒い。

ウミガメが産卵する場所として有名な御浜だが、この浜の面積が減ったことで、産卵する数も減っているそうだ。
港が出来たのがその原因だと女将さんは言ってた。


さて、話が散歩前に宿で交わした女将さんとの話に戻るが、この女将さんが見た目以上にお話し好きで(笑)私が宿に着き荷物を置くのもつかの間、色々と地元のお話をしてくれて大変面白かった。

熊野の花火はここから見るのはちょっと遠すぎるが、音は時々家がドーンと響くくらい凄いとか。
私が到着前少し時間があったので寄った花窟神社には「『社』が無いんですね」と言ったら「そう、こちらには社が無くご神体が岩や滝など自然の物だったりするところがある。那智の滝もそうです」とか・・。

自然物を神々として崇めるってやはりここが日本の信仰の原点である伊勢地方に近いのを感じた。

また、「宿の廻りのお店はみんな閉じてしまって、今は夜になるとうちだけが明るい、だから窓を網戸にしておくのは止めて下さい、この時期羽蟻が飛んできて網戸にびっしり付きます。目の前の林に沢山生息してるんです。」とか・・。

その土地ならではの初めて聞く話はとにかく何でも面白い。

思えば大学の時、私は卒論で山間部の神社の歴史を付近に暮らす方に聞き取るフィールドワークをしていた。
まるで鶴瓶のように・・・・(笑)ノーアポでの体当たり調査取材だった。
初めて聞く風習や建物の使われ方など、そこでは当たり前の事でも自分にとっては知らない事を知ることがとっても新鮮だったし、面白かった。


【花窟神社】
参道を歩いて、門をくぐると、目の前には崖(巨石)がドーンと切り立っている。
これがご神体。何も無くても手を合わせたくなる。
明日の工事が無事出来ることを祈願して来た。


見上げれば、神々しい岩が垂直に切り立っている。

宿に戻って、早めのお風呂に入って19:00から夕飯を頂く。
”海に近い民宿”と聞けば、勿論期待大!
お魚中心のお食事が仲の良さそうな宿の主人と女将さんによりテーブルへ運ばれて来た。

朝、ご主人が釣って来たという刺身は勿論旨し。煮魚、天ぷら、タケノコの煮物、どれも民宿ならではの優しいお味。4人でほっこりとまるで家で夕飯を食べているような楽しい時間。

普段、どうしても仕事の内容だけの伝達になってしまうところ、こうやって仕事を離れ、一緒に飯を食って同じ屋根の下、寝るというのが、私には何とも「いいな~コレ」と思えた。

合宿的な(笑)なんか懐かしいアレです。

こう言う自分の中にある何かの思い出や風景と入り混じった感覚を思い出させてくれる瞬間は歳を取ってくると大事な事に思える。多分自分にとってこれからも必要だから思い出すのだと思う。


最初、このお仕事のお話が施主様からあった時、地図を見てその遠さに少したじろぎ、経費も掛かり高いものになってしまう為、ご遠慮しようと思ったが、一度調査に自分一人でお伺いした際にこれは自分しか出来ないことがあると思った。どうしても不確定要素が多く工期の読めない工事に関しては、やはり経費の問題から地元の方にお願いした方が良いと説明させて頂き。

施主様からも経費がかかっても承知でお願いしたいとのご意向を聞いたので、奮い立ち、今回、窓の修理に限って請けさせて頂いた。

それから私以下3人の職人さんに声を掛け、同意して協力してもらう事になった。
遠いので、前泊して、当日朝一から目いっぱいやろう!と考え、私の方で適当に宿を取った。

でもこの様な場面が出来て、有難かったと思った。

いつもと違う場所、違う自然、人、風土、そういったものに仕事として関わる。
この経験は、天気のことや段取りなど少し大変ですが、面白い。

仕事一筋という形では得られないかも知れないが、あえて『旅』要素を入れることで、膨らんでくる。
「こら!ちゃんと仕事せい!」と思われたら申し訳無いが、でも、そこで自分に何か余裕と言うか心の中に風通しの良い空間が出来る気がした。

そう、やはり自分は道草が好きなんだ。一直線に行くことよりも遠回りを選んでしまう。


さて、次の日、朝5時台に目が覚めると、窓から明るい陽が差し込んでいた。

7:30の朝食まで時間があったので、「よし!御浜でウォーキング」と思い立ち、アプリNike Run Clubを立上げて近くをふらっと歩いた。やはり海は青い空がいい。

潮の香りが微かに漂う風を頬に受けながら、国道42号を熊野方面へ。  


一直線の道だが、しばらく行くと、高台に上がっていける小径を見つけ曲がってみた。
この道はJR紀伊本線の線路を越え、一面に広がる蜜柑畑につながっており、やはり『津波避難』の看板があった。


蜜柑畑のある高台から熊野灘を見下ろすとその高さが実感出来た。
ここに避難すれば安全だと思ったが、ただ、実際の高さが分からないので、本当にここでも安全だろうか?とも思った。水面から30mはあるのかな?


さて、散歩から帰り、また皆で朝食を取りながら、ここで初めて(笑)しばし仕事内容に関してのミーティング。1日を最大限に使って、全ての工事を終わらせる為、仕事の順序を確認する。
今回はアメリカAndersen社の木製窓の修理メンテナンス。
1993年竣工、築26年のお家。

【問題点①】窓及び窓枠の一部に雨水が染み込み、木部腐らせている。その為、1階壁へ漏水していす箇所がある。
→【解決方法①】雨水が浸入していると思われる箇所を突き止めて、パテ、コーキング等充填、保護を行い、これ以上の腐朽が進まないよう保護する。

【問題点②】上げ下げ窓がほとんどのこのお家だが、上げ下げをスムースに行う為に設けられた窓上部のバランサー(糸巻き)が切れている、ないし劣化して固くなっている。
→【解決方法②】窓全てのバランサーを交換する。切れている窓の他にもこれからの事を考えバランサーを変えておく。

具体的な順序としては、『窓(障子)を外す→窓ガラスと枠の間にコーキング→その間にバランサーを交換する→窓(障子)を戻す→窓枠にコーキングをする』

この作戦でいくことにした。1ヶ所に対し『大工→コーキング→大工→コーキング』
作業のミルフィーユ状態だ。

対象の窓は合計18箇所。

やり始めてから作業内容に比して結構時間的にタイトな事が分かり、私もすぐに加勢した。


障子を外すための最初の作業は部屋から向かって左側のジャム(樹脂製のカバー=障子がここをスライドする、レール部分)を外す事。向かって左のジャムは上下で分割されている。
まずは下の半分を外す。ビスを取ってからちょっと強引なやり方で外す。
外してから手前の障子を外すとこうなる。このジャムを外すには少々の思い切りとコツが要る。
「えっ!」と最初は思うが、正規マニュアル通りだ。


で、次に奥にある障子を外す。障子の上部に付いている糸を穴から抜いて外す。
バランサ―が生きている場合、かなりの張力が糸にかかっているので、気を付ける。
この張力でもって障子が落ちないようにバランスをとっている。だからバランサー。


次に、向かって左のジャムのうち、上部半分も外す。これは木下地に嵌っているだけなので、引っ張れば簡単に外れる。
次に上部カバーも外す。ビス2本を抜くのを忘れずに。ケーシングとくっついているので、結構これが大変であるがほとんど出来るはず。ただケーシングと一旦縁が切れるので、最初の状態と違い最終的に少しだけ隙間が出るがそれは仕方ない。ほとんどの場合、カーテンで隠れる部位なので気にならないはず。


枠上部に埋め込んである銀色の箱がバランサー。左右1つずつある。
これと全く同じ形状の交換品があるので、それに取り換える。
ただし、窓の大きさにより、外見は同じでもバランサーの中身の強さ(テンション)が違うので、適したバランサーを使う必要がある。
勿論事前の調査でそれを確認し、適したバランサーを海外発注して用意してある。
バランサ―が間違って弱いと、上げ下げ窓は自重で下がってしまい、強すぎると上げる側の力が勝って、開閉の為、手で窓を下げる際に必要以上に力が要ることになる。


バランサ―交換後、それまでの工程を遡るようにカバーを復旧していく。
バランサ―から飛び出した二つの白いパイプみたいなものが障子に差し込む糸の先端部分。
これを引っ張り出すのには大変な力が必要で、指先ではなく必ずラジオペンチなど強い力で摘まめる道具が必要。


窓越しに海を眺めて・・・・昨日の雨が嘘のよう。部屋を抜ける風も心地よく。
窓を外ししばらく解放した中での仕事なので、これは雨・風あっては絶対出来ない。
「本当に晴れて良かったですね」と施主様と職人さんとも言葉を交わしつつ、腕時計とにらめっこ。

しかし、こうやって写真見ると、やはり輸入住宅に白い上げ下げ窓は”鉄板コンビ”だ。


バランサ―を取り換えている間に、外した障子を寝かせ、ガラスと枠の間など隙間が気になる箇所にコーキングを施す。


窓たて枠の下部に水が入って腐ってしまい、白蟻に食われている部分もあった。
現在は進行しておらず、過去に食われたと思われる。とにかく木部の湿り気が大敵であることが分かる。
窓の開閉には問題ないので、このような場所にはコーキングを施してからジャムを付け、さらにジャムの上からもコーキングをして今後水が入らないように徹底する。


外部のジャムと窓枠の隙間にもコーキングを下半分することにした。
次回バランサーを変える際にはコーキングを切らないと出来ないが、それはずいぶん先の話なので、今回は施主様にもお話をして止水を優先した。
窓自体が腐っては意味が無いので。



開始9:00、午前中に8箇所、午後に10箇所、終了時間17:30。
何とかミッション終了!
途中、想定外のこともあったが、するべきことは全て出来た。
海外発注してから部品が来るまで5ヶ月もかかり、色々準備はしたものの当日うまく出来るか不安もあったが、結果上出来だと思う。
何より職人と4人で遠く御浜まで乗り込み、前日寝食を共にし、作戦を練ってやり遂げることが出来たことが、1日の小さな仕事であっても規模それ以上に嬉しいし、妙に充実感があった。


【おまけ】
昼のランチは歩いて行ける所にあった展望レストランにて。
サンマ寿司、めはり寿司。ダイビングでこの近くには来ているのだが、ここまで足を延ばしたことはなかった。
しかし、熊野の海は本当に綺麗だ。この何もない雄大なスケールにまた胸がザワザワ!!


【おまけ2】
陽が長いっていい事だ。
まだ明るいのをいいことに、帰り高速に乗る手前で、私のハンドルは国立公園「鬼ヶ城」に切られていた。
ここも世界遺産だけあって、すごい所だった!


正に「何?これ!!」的な場所。岩が人の顔に見えたり、仮面やドクロのように見えたり、異様な世界に引き込まれそうで。
ひとりいい大人が夕暮れに「おお~!!」と奇岩を仰ぎながら小さく呟くのだった。


このおどろおどろしい造形。
これは凝灰岩と言う岩で、数回の大地震による隆起や繰り返しの荒波の浸食により出来たとか。
これには萌えるというか、興奮するというか、こころに中で「すっげえ」を連呼していた。

ずっと見てて飽きないこの不思議なカタチ。
鬼が本当に隠れて居そうで、ちょっと怖いけど、ある意味、地球外の別の惑星に立ったようでもある(笑)
ここがSF映画のロケ地だったらなかなか面白いだろうなんて考えながら。


「いやぁ、これ!ヤバイいっしょ」って若者言葉が出そうになる(笑)
こんなカタチに誰がした? 自然って面白い!


こんな巨石がドンっと座ってたり

結構狭くて、且つ結構低い手摺を歩く。。興奮してたので夢中で歩きながらスマホのシャッターを押しまくっていたが、後から写真見てよくよく考えると足元踏み外さなくて良かったなぁとか、スマホを海に落とさなくて良かったなぁ、と思った(笑)
結構乗り出して撮ってたので。
皆様、行く方はお気を付けください。


岩の割れ目。メッチャ怖い。さすがにここへは行けないようになってるが、見ているだけで、キュンとなる。

怖い印象で終わるのは何なので(笑)最後は爽やかな昼を。

長―いブログとなったが、お仕事と私的な旅行記が入り混じって、ついつい気が付けば書きたいことが沢山に。
でもやっぱりそれだけ「移動すること」って感じること、刺激になることが多いんだと思う。
少なくとも自分はそう。移動でもこれくらい離れた場所へ移動すると国内でもまだまだ知らない面白いところが沢山あるんだろう、と思うとあたらめてワクワクする。
あと、海がやはり好きなんだろうなぁ~、きっと(他人事のようだが・・・(笑))

とにかく熊野の大自然には圧倒された。

海の怖さ、綺麗さ、それがもたらす造形、それまでにかかった年月、海からの恵み、頂く幸せ、仲間との時間、様々な想いが自分に押し寄せ、自分を洗っていったようだ。

行くまでの間、天気がどうだこうだ、と悩ましく思っていたが、全ては天の思し召し通り。
自然に右往左往しても変えられないものは変えられない。

自然とは敵対視するのではなく、どうやって付き合っていくか。

怖さや強さがあるゆえ、美しい。

畏怖の念という言葉が自然に浮かんで来た。

ここら辺に住んでいる方は、当然海の脅威を分かって暮らしてらっしゃると思う。
でも、この素晴らしい自然の恵みも普通の暮らしの中で肌で感じてらっしゃると思う。

昼のリゾートのような風景だけでなく、前日の荒れた海、奇岩、ご神体として崇められている巨石や滝。
女将さんのお話も色々見聞きして、少しだけだけど自然の両面を見た。明も暗も全て自然なのだ。

人はどんな過酷な土地にも住まいを建て、自然に負けないよう暮らして来た。
そこには「守る」という意味がまず先にあったと思う。

地震に強い家、寒くない暑くない空調の整った家、長持ちする耐久性の高い家、家にもいろいろな面からの成績表がある。

人間は少しでも成績を上げたくて、自然に抵抗する。
私もこの仕事に携わる以上、その努力はする。家も昔と違い各段に性能が上がってきたと思うし。

しかし、この自然を前にして、成すすべ無し、という瞬間があるに違いない、ということも同時に想像してないといけない、それが現実だと思う。あまりにスケールの大きい熊野の自然を前にそう思わざるを得ない。

「減災」という言葉があるが、何かあった時に少しでもダメージを減らす事。
自然に抗うのでは無く、共存すること、受け入れる事も大事だと思う。

時代が今は違うが、岐阜県の輪中地区では「上げ舟」と言って木曽川の洪水の為に軒下や小屋裏に舟がぶら下げてあって、その際にはこの船で逃げるというのを聞いたことがある。それを聞いた時、びっくりしたと同時に感心した。そういう備え方もあるんだって。

今回は木製窓が雨の侵入により腐る、1階に雨漏れする、という問題で駆け付けた。
やってみて分かったが、ビスを外してみると塩害でボロボロになっていて、折れるものも多く、交換もした。
白蟻の被害にも出くわす。26年経って分かったことだ。
私たちに今出来ることは施したが、今後もメンテ無しでいいという事ではない。

出来るのは、住む方との接点を持ち続け、定期的に対話を持って現状を把握し、対処していく他ない。
人間の体もそうであるように、家も自然の一部だ。特に自然素材を多用した家を提案している私たちはどうやったら自然と住まいが共生できるか、を考えないといけない。

自然素材の良さが分かるとは、自然素材の悪さ(特性)も分かっていること。
それを住む方の立場に立ち、説明する義務もあるだろう。

正に自然との付き合い方である。

「適正なメンテナンスへの心がけ」と、ある意味の「寛容さ」を持って自然や家と付き合う事。
家も歳をとるという事。
この事を知ってないと、住み手にとってしんどいと思う時期が来るかも知れない。

最後はお家の話でまとまった(笑)

最後に・・・「旅は心の中にひとつ空き部屋を作る。そこには心地よい風が通る」
ちょっと思い浮かんだひと言を添えて終わりにします。

話題があっち行ったりこっち行ったりの中、最後までお付き合いいただきました方、ありがとうございました!

また、このお仕事をご依頼頂いたY様、民宿美浜さん、コーキングの佐藤さん夫妻、窓工事の谷江さんに感謝します!!

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「注文住宅、輸入住宅の設計・新築・リフォーム・メンテナンス」なら 
ノエルハウス/考作
どうぞお気軽にご相談下さい。

※PCでご覧いただいている皆様、現在「たて」の写真が「よこ」に表示される現象が発生しており、改善調査中です。しばらくご迷惑をお掛け致します。(スマホでは正常に表示されています)


工事も終盤ですが、4月から始まった工事のご紹介


ご無沙汰しております。久々のブログアップとなります。 4月頭から行っている工事をご紹介します。
リフォームするお家は築25年の輸入住宅。今回は屋根、外壁、ドアや水栓金物など多岐にわたるリフォームです。その中でもやはり大きいのは屋根と外壁になります。
屋根に使われているのはモニエルと言って輸入セメント成型瓦です。
形状は平板タイプと言って、和型でも、S型のスパニッシュタイプでもない平べったいタイプになります。
平板はフランスなど欧風タイプの家にはぴったりの形です。
このお家はまだ当時では珍しかったと思いますが、ヨーロッパの農園風デザインのお家です。
今、農家をリノベーションして住むと言うことが、ヨーロッパでも流行しているようですが、かなりの注目を当時浴びたのではないでしょうか。

さて、話を瓦に戻しますが、
瓦屋さんに聞いたことですが、当時はまだ平板タイプが日本になくて、この平板タイプの輸入瓦が一時期流行ったとのこと。
それから日本の瓦メーカーもこの形に習い平板瓦を出すようになったと。
日本の場合は平板瓦を陶器で作っているので、瓦自体の耐久性はセメントに比べて良いものになっています。


セメント瓦の場合だと、経年劣化で表面が荒れて、砂が落ちた状態になっています。
足場を組んで屋根に触れるとざらざらしていて、まだ砂がポロポロと落ちる状態でした。
樋の中に屋根から落ちた砂がかなり溜まっている状態でした。


この屋根の劣化を防ぐためには専用の下地処理をし、塗装を重ね塗ることで新たな層を作り、セメントの風化を防ぎます。
続きは次のブログにて。

「注文住宅、輸入住宅の設計・新築・リフォーム・メンテナンス」なら
 ノエルハウス/考作
どうぞお気軽にご相談下さい。


RSS 2.0 Login